1019年、2月
- 2019/06/17
- 20:58
※後日、挿絵を追加するか漫画に直すつもりです。どうしても20周年のこの日に間に合わせたかったので…拙い文章ですが、ご了承ください。
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最初は一人。
ただ一人、あの山から天に掬われ、何も分からぬままに天界で過ごす事となった。
次に二人。
──「私たち”神”と交わり、子を成しなさい」
ある時夕子様よりそう告げられ、自らが望んだ女神との間に成した子。かの女神とよく似て溌剌としていながらも、心根がとても優しい子だ。
かの女神との間にもう二人。
凛と涼やかな外見とは裏腹に、内に熱い心を持つ子と…口元がかの女神を思わせ、私と同じ肌と髪色を持った子。
一人だった私は、一人ではなくなった。
家族を得る事が出来た。
だが、その喜びも束の間……その時が、来てしまった───
「おとうさま……!」
「とうさん!!」
門を潜り抜けた途端、張り詰めていた糸が切れたかのように自分の体が重くなってその場に膝をついてしまった。
駆け寄った子供たちの呼ぶ声が、すぐそばに居るのに少し遠くに聞こえる。
──前回の討伐に出る前、イツ花さんが私の襦袢と直垂を持ってきてくれた時の事。
受け取るために立ち上がろうとしたほんの一瞬だった。自分の体が自分のものでなくなるような妙な感覚を覚えると僅かに体が傾いだ。力が抜けそうになるが、壁に手を添えて片腕だけで体を支えなんとか持ち堪えた。その感覚が去った頃、それが「目眩」なのだとイツ花さんから教えてもらった。それまで疲労以外の体の不調など知らずにいたが…その日から日に日に目眩の回数が増え、それに伴って刀を握る手に少しずつ力が入らなくなってきてようやく実感した。
ああ、これが「短命の呪い」か──と。
「……皆、すまない、少し、手を貸してくれるか」
自分よりも一回り以上小さな体の子供たちとイツ花さんに支えられながら、崩れ落ちた状態からなんとか門柱に凭れ掛かるような体勢を取らせてもらった。
みなの顔を見る為、頭だけをゆっくり、ほんの少しだけ柱から離す。
涙を堪えながら、縋らず、覚悟を決めたようにこちらを見据える長女に声をかけた。
「──…かのこ」
「っ…はい、おとうさま」
「おまえは、私と共にこの屋敷に来てからずっと、私を支えてくれた。共に戦ってくれた。…少々落ち着きのない所もあったが、その明るさは私に心の余裕をもたらしてくれた…感謝しているよ。これからも朗らかさを忘れず、皆を支えてあげなさい。」
言葉を詰まらせて新緑を思わせる髪を揺らしながら頷く長女の、自身の膝に添えられた手をそっと撫でてやり、今度は肩に縋り涙を流している次女へ。
「……あやめ」
「は、い…おとうさま……っ」
「弓使いであるおまえは、よく周りを見てくれている。こちらから言わずとも、してほしい事をしてくれる…かのこも言っていたよ、とても助けられたと。私が居なくなった後も、今までと同じように皆を助けてやってくれ。」
少し顔を上げて私の言葉に耳を傾けていた次女は、私が言い終えると一拍ほど間を置き、涙を拭ってしっかりと頷いた。
そして──ほんの三ヵ月前に迎え、共に過ごし、初陣までこの目で見届けられた生き写しの長男へ。
「──かがち」
「…っ、はい」
「私が死んでしまう前に、おまえの成長をこの目で見れて…共に過ごせて、よかった。これからは姉さんたちと支え合って…教えた事を忘れずに、生きてほしい。」
肩をわずかに震わせ、俯いたまま無言で聞いていた長男が意を決したように勢いよく顔を上げる。しかし、涙を堪えてうまく喋る事が出来ないのだろうか…絞り出すように言葉を発した。
「っ……とうさん、おれ…この指輪、もらいたい」
指輪を貰う。それは、私が成せなかった願いを継ぎ、「当主」となる事。
正直迷っていた。当主を、誰に託すか。この今際の際でも決めあぐねていた。
地上に降り、多くの鬼たちを切り伏せながらも「この程度で手こずっていては、大江山にすら踏み入れないのでは」と言う懸念は正直あった。そして、一才を迎えた頃にとうとう確信となり、それと同時に「自分が成さねばならない事を、やはり子供たちに託さなければならない」とも理解した。
理解はしたが、納得など出来ようはずもない。
そんな最中に、末の息子からの進言だ。
「おれっ……ねえさんたちを守れるくらい、強くなるから…とうさんに教わった事、っ、ちゃんとやってみせるからっ!だから、……っ」
幼さの抜けない大きな金色の瞳がにじんで、とうとう大粒の涙が零れたが…その瞳は逸らされる事はなく真っすぐ私を見据えている。
「──これを、受け取ると言う事が…どういう事か理解した上で、言ってるんだな?」
少し呼吸を整えるかのように肩を僅かにゆったりと揺らした後、涙を拭い顔を引き締めてしっかりと頷く長男を眺める。
真っ直ぐ私を見つめるその金色の瞳の奥に、揺るがない決意を感じた。
「………そう、か……」
ゆっくりと息を吐き、暮れ始めて橙色に染まっていく空を仰ぎながら深く、ゆっくりと息を吸い込もうとしたものの、上手く吸い込めず少し噎せてしまった。
挙って私を気遣ってくれる皆に「大丈夫だ」と声を掛けようとしたが、喉の奥の違和感が拭えず言葉が詰まる。
当たり前に出来ていた事すら儘ならなくなってきたようだ。
「かが、ち」
「っ…はい、とうさん」
「これ、を……」
言いながら指輪が嵌っている右手を差し出した。
私の震える手を取り、少し困惑したような表情を向けた息子に申し訳なく思いながら言葉を続ける。
「……すまない。もう、あまり…力が、入らなくてな…外して、くれるか」
「はい…っ」
隙間がない程ぴったりだったはずの指輪は、少し節くれ立った関節にも引っかかる事なくすんなりと外れた。
いつの間にか老いで痩せ細ってしまってたのか、それとも…指輪も、私の死を悟ったのだろうか。
「……受け取ったよ、とうさん」
「あぁ…そ、れと…伝えて、おきたい事がある……かのこ、あやめも…聞きなさ、い」
「っ……はい」
「はいっ、おとうさま…!」
もう声を張る事もつらくなってきた私の顔を覗き込むように子供達が顔を寄せ合ったのを確認し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「──黄川人、には…気を付け、なさい」
「黄川人…あの、透けてる子の事……?」
長女と次女が顔を見合わせて怪訝な顔をし、反対側に居る長男も表情を少し固くしているのがぼんやりと見えた。──視界に、霞が掛かってくる。
「……私の杞憂、かも知れない、し…彼の親切を、疑いたくは、ないが……少し、違和感を感じる…」
子供たちを惑わせるだけだと分かってはいたが、それでもこれだけは伝えておきたかった。子供たちの行く末に、僅かな障害も残したくないが為に。
「もし……お前たちが、彼を…信用、出来る、と……判断、したなら…この、事は、忘れて、構わない」
「分かった……心に、留めておくよ」
息子の言葉に安堵して浅く息を吐く。それと同時にふっ…と全身の力が抜けて門柱に預けていた体が少しずり下がってしまいそうになったが、両脇に居た次女と長男がとっさに支えてくれた。
正面に居るはずの長女の顔は…もう、ほとんど見えない。
子供たちの声も、僅かにしか聴こえなくなった。
五識が薄れていく中…やたら鮮明に薄桃色の羽と、新芽色の薄い衣が見えた気がした。
──ああ、もう本当に…私は、これまでなのだな。
「私の死を悲しむ暇があるのなら、一歩でも前に行け。決して振り向くな……
──子供たちよ、私の屍を……越えてゆけ……!」
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